大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所柳川支部 昭和56年(ワ)34号 判決

原告

待鳥政助

右訴訟代理人

稲村晴夫

馬奈木昭雄

下田泰

被告

有限会社栄建

右代表者

待鳥正光

被告

西田廣行

右被告ら訴訟代理人

小出吉次

主文

被告らは各自原告に対し金二六一万円、及びこれに対する昭和五六年三月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り、原告が被告らに対しそれぞれ金八〇万円の担保を供するときは、その被告に対し仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1の事実、及び2の(一)(二)の事実は当事者間に争いがなく、2の(三)の事実についても本件杭打ち工事にユンボが使用されたことは当事者間に争いがない。

二鑑定人田村弘の鑑定の結果によると、本件土地、建物と西側隣地五九一番八の土地及びその地上建物の位置関係は別紙建物配置図(建物・敷地水準調査図)に表示のとおりであること、同図にあるとおり本件建物のうち倉庫については北東角を基準にした場合北西角では9.2(単位はセンチメートル、以下同じ)、南西角が11.7、南東角が3.5と、それぞれ沈下していること、住宅については南東角を基準とした場合北東角が1.3これより北西角まで西になるにつれて七、9.1、13.1と沈下の度合を深め、南西角は5.1、これより北側は5.5とそれぞれ高くなつているが、北西角では13.1と低くなつていること、住宅の柱は別紙柱の鉛直度の調査図に記載のとおり上部が西へ一八ないし六ミリメートル傾倒し、北へ一〇ないし五ミリメートル傾倒していることが認められる。これらによれば本件建物は被告らが杭打ち工事を行つた西側隣地に近接した部分の沈下傾倒現象が顕著といえる。なお、〈証拠〉によると、本件建物は昭和五三年三月ごろ建築されたものであるが、完成後一年ほど経た後に建具の建付けに若干の狂いが生じ、建具の修理がなされたことがあるが、右のような建物の著しい沈下、傾倒現象はなく、これらは被告らの本件杭打ち工事の直後から生じたことが認められ、これに反する証拠はない。

三〈証拠〉によれば、本件土地と隣地の五九一番八の土地の一帯は、筑後川流域の後背湿地帯中の標高三メートルぐらいの沖積平坦地で、非常に軟弱な地盤であり、右の両地とも、もと水田であつたところに盛土をして宅地として造成されたものであること、本件土地の盛土の厚さは1.2メートル、五九一番八の土地のそれは1.4メートルであること、なお、原告本人尋問の結果(第二回)によると本件土地の盛土は昭和五二年一一月ごろなされたものであること、五九一番八の土地の盛土の時期は明確でないが、〈証拠〉によると本件杭打ち工事の前のこれに近接した時期であることがそれぞれ認められる。

四〈証拠〉によると、本件杭打ち工事に用いられた杭は二八本の松杭であり(このことは争いがない)、その直径は一五ないし二〇センチメートル、長さは六メートルであつたこと、松杭の打ち込みには重量約一〇トンのユンボが使用され(ユンボの使用も争いがない)、一本の杭を打ち込むのに五分ないし一〇分、杭打ち工事全部に少くとも一日半を要したこと、右杭打ちによつて、一〇メートルぐらい離れたところでも人体に感ずる程度の震動が生じたことが認められる。一方〈証拠〉によると、建物の基礎工事としての杭打ちの方法には、(一)打ち込み杭工法と(二)埋め込み杭工法があり、小規模工事の場合は(一)の方法が採られること、杭は木杭、コンクリート杭、鋼鉄杭があるが、小規模工事においては通常木杭又はコンクリート杭が用いられること、杭打ちの方法としては機械打ちと手打ちがあるが、鉛直に打ち込むことが肝要であり、斜めに打ち込むと支持力が悪くなり基礎としての役割を果せないうえ異状貫入により、異状な震動が起り易いこと、施行機械としてはハンマードロップが用いられるが、そのごく簡易なものとして二本子というものがあり、普通簡単な工事に採用されていること、ユンボという機械はパワーショベル(堀ママ削機)であり、これを杭打機代用に使用した場合、バケット先がカーブしているところからみても、杭を鉛直に保つて打ち込むことは困難であり、異状貫入が起り易く、鉛直に打ち込む場合に比較して震動が起り易いこと、松杭を使用した場合には杭の曲りもあり、表面に凹凸もあるためコンクリート杭に比較すると摩擦による震動が生じ易いこと、本件土地と隣地の五九一番八の土地は、盛土により埋立てがなされ、両地のみが周辺の土地より浮き上り、互に震動が伝わり易い状態にあること、本件の場合、軟弱な造成地盤の上に建物を建てるのであるから、地盤の支持力あるいは摩擦力による地耐力の補強の必要があり、杭打ち工事自体は必要かつ、やむを得ない措置であつたが、工法としてはコンクリート杭を用い、二本子工法程度の正規の機械使用による杭打ちをすれば、震動の程度もかなり軽減できたものと思われること、以上のとおり認められる。この認定を覆えすに足りる証拠はない。鑑定の結果によると鑑定人田村弘は本件建物の沈下、傾倒は地盤震動により建物維持の均衡が不安定になり、不同沈下現象を生じたことによる被害と思料されると鑑定している。

五以上によると、本件建物の前記損傷は主として本件杭打ち工事によつて生じたものと認めるのが相当である。(なお、右損傷に他の素因の寄与もあるかどうかは後に検討する。)そして前示のとおり他に工法があつたことが認められるからには、直接右工事を行つた被告西田に過失があつたものというべきであるから、同被告は前記本件建物損傷による原告の損害について責任がある。被告会社も本件工事の施行者として被告西田と同様の事由により、また下請人である被告西田を指揮監督すべき立場にあつた者として、右損害について賠償の責を負うべきである。

六一方、〈証拠〉によると、本件土地のように軟弱な自然地盤に盛土をした造成地は、三年ぐらい経過すればその地盤も一応安定するが、それまでは自然沈下、それも不同沈下が起る可能性があること、〈証拠〉によれば、本件建物の建築は、本件土地に盛土による宅地造成がなされたわずか二か月ほど後の昭和五三年一月ごろにはじまつたこと、その基礎工事として長さ四メートル、直径二〇センチメートルのコンクリート杭二九本が地中に打ち込まれたこと、しかし〈証拠〉によれば、打ち込まれた杭は軟弱な自然地盤下の支持層には達していないこと、そしてこのことによれば、これらの杭に本件建物の荷重に対応する摩擦力と支持力を期待するには難点があることがそれぞれ認められる。

さらに、〈証拠〉によれば、本件土地に施行された右の杭打ち工事もまた、杭打ち機代用としてユンボを使用してなされたことが認められるところ、ユンボ使用による杭打ちが杭の異状貫入を招くおそれがあり、その場合、杭自体が基礎の役割を果せないことは前示したとおりである。

そして、〈証拠〉によれば、本件土地の西側境界に設置されている原告方のブロック塀がその中央あたりで被告西田の本件杭打ち工事の開始前にすでに沈下していたこと(その度合は明らかとはいえないが、一〇センチメートル足らずの沈下と窺われる)、またこれに近接する本件建物の犬走りに一筋の亀裂が生じていたことが認められる。

右の諸事実に照らせば、本件土地は本件杭打ち開始前から徐々に不同沈下をはじめていたものと推認することができる。そして、このことは本件家屋の損傷に寄与した素因として、損害の公平な分担を図るためこれを損害額の算定において考慮することとする。

七本件建物はさきに認定したとおり沈下、傾倒しており、鑑定の結果によれば、そのために別紙建物変形箇所位置図に表示のとおり床や玄関土間に隙間ができ、下駄箱がずれ、アルミサッシュは施錠できず、壁や外タイル、基礎の部分に亀裂が生じていることが認められる。〈証拠〉によると、右損傷を修復するには、原告主張のとおり金三九八万一四六七円を要するものと認められ、これに反する証拠もない。

ところで、前項で説示したとおり本件建物の損傷には本件工事による影響のほか、本件土地の自然の不同沈下の寄与も推認されるのであるから、このことを考慮すれば、右金額のうちその六割弱に当る金二三八万円をもつて被告らが賠償すべき金額と算定するのが相当である。

八原告が弁護士である原告訴訟代理人らに本件訴訟の追行を委任したことは当事者間に争いがなく、本件事案の内容、認容額等諸般の事情に照らせば、被告らが負担すべき弁護士費用の不法行為時の現価は金二三万円が相当である。

九以上によれば原告の本訴請求は、被告らが各自金二六一万円、及びこれに対する不法行為後の昭和五六年三月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用し、なお仮執行免脱の宣言は相当でないからこれを付さないこととして主文のとおり判決する。

(仲吉良榮)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例